FZR400RRSP

2011年10月 2日 (日)

事故

ちょうど8週間前の8月7日、ツーリング帰路の中央高速上野原IC付近で強引な車線変更をしてきた糞単車を避けようとして転倒し、右鎖骨と胸骨の骨折、右肘挫創で8針、おまけに左膝の打撲という[重傷]を負い、単車は大破。右腕に関しては場合によっては切断の可能性もあったのだが、幸いにも今でもかろうじて付いている。
このところやっと両手でPCを操作することができるようになったものの、未だに完全な自由がない。時間をかけてリハビリするしかないな、こりゃ。

加害者からは未だに謝罪もなく、調書作成が終わったら警察での証言を翻し俺が追突してきたと虚言を言う始末。こんな糞野郎には淡々と確実に社会的制裁を与えてやるだけだ。余談だが、警察の民事不介入をいいことに虚言により逃げようとする加害者は少なくないようだ。警察も民事不介入により、結果として加害者を有利にしてしまう傾向がある。[加害者天国ニッポン]とはよく言ったものだ。

この調子だと示談もできず訴訟になる公算が高いし、そうなれば単車の修理が終わる頃には冬になってしまう。
今年のツーリングはもはや終わったと同じだ。

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2011年5月 8日 (日)

柳沢峠・・・・・

連休最後の日曜日。次回は何時走れるか解らないので、久々に柳沢峠に行こう。
が、とんでもなく不快なツーリングになった。

これまで台風や雹の直撃を受けたり、夏の熱風に焼かれ寒波の中凍えながら走ったことも多々あったが、辛いと感じても不快になったことはない。しかし今日のツーリングはこの爽快な空の下、これまでにない程の不快なままで終わってしまった。

新青梅街道では悉く信号につかまり、青梅から入った国道411号線では丹波山までのろまな車に前を遮られ、暫く快走できたものの気分が滅入っしまったので柳沢峠への峠道では思ったように単車をコントロールできなかったことが全ての原因。
つまり、思うように走れなかったということ。

柳沢峠から塩山へ至る道も以前の記憶と異なり趣がなく、このまま家に帰っても不快なままなので富士吉田に出て道志経由で帰ろうとコースを変更するも道志みちも意外とつまらない。不快感に浸っているのでつまらなく感じただけかもしれないが、こうなったらさっさと帰ろうと途中から都留に出て中央道で帰路に就いた。

ここんとこ燃費が向上しているのがせめてもの救いだ。

本日の走行距離 300.5km

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2011年5月 4日 (水)

嗚呼、坤六峠

よい天気だ。前回、気が変わってルートから外した坤六峠に行こう。

往路の関越は連休お約束の渋滞。下手糞が大勢繰出すので仕方がないのであるが、ここで浪費される時間とガソリンは無視できないなぁ。

沼田ICで降りて、後はお決まりのコースを淡々と走り、国道401号線から群馬県道63号水上片品線に入り坤六峠を目指したのだが、やけに雪が多く木々も茶色いまま。今年は雪が多かったんかいね、と考えながら鳩待峠との分岐点まで辿りつくと、坤六峠はまだ閉鎖との看板が・・・・・

しまった!記憶が1月ずれていた。去年来たのは5月末だったのか・・・・・

帰ろう。

こうなったら、再度赤城山に登って[自然落下]しよう。
時間とガソリンの浪費も甚だしい。自省。

本日の走行距離 379.5km

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2011年4月30日 (土)

坤六峠へ行くつもりが・・・・・

最近、初夏のお決まりになっている坤六峠へ出かけようと関越を走る。
この時期の坤六峠の片品側は、新緑間近の木々とまだ融けきらない残雪とが違和感なく美しく映える。この景色が好きだ。

が、走っていくうちに無性に赤城山に登りたくなった。
そんで昭和ICで関越を降りて、適当に走り始める。赤城山の山麓はようやく桜の季節を迎えたようで、桜並木が歓迎してくれているかのようだ。
しかし、この道、行き止まり。
ある程度来た道を戻り、山麓を周回していれば知っている道に辿り着くだろうと高をくくって走っていたら、またしても行き止まり。
久々に迷子になった。

やっとの思いで群馬県道251号沼田赤城線に出ることができ、大沼を目指す。しかし、標高1345mの大沼界隈は下界と異なり結構冷える。あまりにも寒いので早々に撤収し、群馬県道4号前橋赤城線をひたすら下ることにした。

ここで、お遊びとしてエンジン停止状態で何処まで走れるか試してみた結果、前橋市の中心街近くまで、22km[自然落下]することができた。
途中、車と単車を数台追い越したが、エンジン停止状態の単車に追い越される車や単車は考えさせられる存在だ。

まだ時間がある。久々に鉢形城に寄って帰るとするか。

鉢形城は近年の発掘とそれに基づく整備で小ざっぱりした[公園]の如くなっている。
遺跡の状態が解りやすく、行き過ぎた復元もないのでこれはこれでよいのだが、初めて訪れた当時の草ぼうぼうの状態から往時を夢想する楽しみは奪われてしまった。
鉢形城歴史館では特別展もしており、それなりに堪能したので、これで帰ろう。

帰路、関越が川越ICを頭に大渋滞している。原因は川越IC手前の[登り坂]。上り坂でスローダウンするような下手糞は頼むから運転免許を自主返上してくれ。

本日の走行距離 324.7km

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2011年4月29日 (金)

今更ながらの初詣

実は、今年はまだ初詣に行っていない。今更行ったところで話にならないのだが、ちょっとした不幸もあったのでやはり詣でておこう。
ということで、毎年3月下旬には詣でていた國王神社に一月遅れで出かけることにした。往路はあえてお決まりのコースにする。

外環で若干の渋滞があった以外は快調に走れたので、すんなりと國王神社に到着。
考えてみれば、初夏の時期に國王神社を訪れるのは初めてかもしれない。境内の新緑は透き通るような緑で命の息吹を感じる。そうだよね、失われるものがあるのと同時に、新しく生まれてくるものもある。その繰り返しの中で、どれだけのことができるのか。失われた命を引き継いでいかないとな・・・・・

國王神社を出て茨城県道20号結城坂東線を結城方向へ走りだすと、暫くして信号につかまる。あたりを眺めていると、まさかの場所に高所ドアがある。この道はかれこれ少なくとも30回は走っているので、トマソンはないものと見なしていた。したがって、今日はカメラなんか持っていない。採集することができなかった。
実際には至る所に見落としがあるらしい。まぁ、あたりを詳しく見渡しながら走っていたら事故するだけなので当然だろう。

結城から国号50号線に入り、道の駅思川で用を足した後に例幣使街道(栃木県道36号岩舟小山線)に入る。結城・足利間の国道50号線は立体交差が多く巡航するだけなら快適だが、いかんせん景色が単調で面白くもなんともない。やはり旧道は風情があり変化に富んでいるので走っていて楽しいものだ。

足利のはずれで国道50号線を離れ、墳墓の地である県郷経由で太田に出て、後は東松山経由のお決まりのコースで帰宅。所沢界隈で短時間にわか雨に晒されたものの、天気も良く風も穏やかで絶好の日和であった。
初夏の日差しの中、田起こしをしている水田を横目に見ながら巡航していると、空に吸い込まれてしまいそうな、こんな気分は滅多にない。

本日の走行距離 249.7km

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2011年4月17日 (日)

今年の初乗り

昨年(2010年)の11月に小笠神社まで走って以来、忙しいの寒いのと言い訳を繰り返した揚句、3月11日以降のガソリン枯渇で暫く動けなくなってしまった。ほんで今日、5ヶ月ぶりかつ今年初めてのツーリングとなる。
単車はもちろん、人間も併せてのならし運転でもあるので、特に目的地はない。中央道で長坂まで行って、軽井沢経由で帰ってこようと言う程度。

5ヶ月間ほったらかしにしていた割にはエンジンは快調、天気もいいしなかなか良いツーリングだった。

明日からまた仕事だ・・・・・

本日の走行距離 380.7km

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2010年11月 4日 (木)

小笠神社、何をしに来たのやら

6:30起床で朝飯を詰め込み、7:30過ぎには掛川城に向かう。5分も走らないうちに大手門(1995年6月復元)に到着。
ここから天主(1994年4月復元)が良く見える。三の丸横に単車を留め、まだ訪れる人もいない朝の掛川城を堪能しよう。

時間をかけて一巡したら、9時を若干過ぎている。掛川城から小笠神社までは30分もかからないので、どうせなら天主も見ておこう、と入場券を購入。
木造でほぼ忠実に復元された天主はいいものだ。100年もすれば、これはこれで価値が出てくるかもしれない。

暫し快走し小笠神社へ。
まだ10時前で矢矧祭は始まっていないが、皆定位置に着いている。始まる前に周りを物色しようと神社の裏山に向かうと、ここが小笠山砦であることを示す表示板がある。おかげでこの一帯が小笠山砦であることを初めて知った。当然、小笠神社も城域に入ることになる。小笠山一帯が城郭として機能していた戦国時代、矢矧祭は当然中断していたよな、そもそも神社自体がここにあったのか、と写真を撮りながら考えていたら、空砲の音が数発。どうやら矢矧祭が始まったらしい。

本来の目的は矢矧祭の見物ではなく、宮司から縣氏の伝承を根掘り葉掘り聞き出すことなのだが、あたりまえだが宮司は矢矧祭の進行役であり、取りつく島もない。神楽の奉納が終わると参拝者に矢が配られ、御輿と共に小笠奥宮神社に向い神楽の奉納後、各々矢を刺して矢矧祭は終わる。チャンス到来と宮司に接近を図るも狭い山道、なかなか前に出ることができない。そうこうしているうちに宮司は社務所に入ってしまう。

ちょうど昼になり、関係者には弁当が配られ、社務所の中を覗き込むとどこかの県議会議員だか市議会議員のような胡散臭いオヤジ共と歓談しているではないか。

諦めた。

今年も不発だ。帰ろう。

小笠山を下り静岡県道251号袋井小笠線に出るが、天気もいいし時間もあるので御前崎まで走ることにした。御前崎港で一息入れ、その後は相良牧之原ICを目指し、東名道で帰宅。
小笠神社と縣氏の関係に関しては調査方法を再考しよう。

11月3日の走行距離 285.0km

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2010年11月 3日 (水)

小笠神社、再び

小笠神社には去年(2009年)の6月13日に行ったきり。しかも11月3日の矢矧祭には行くこともできなかった。
今年こそ、縣下野守と縣下野入道との関係や、小笠神社に伝わる縣氏の伝承とこちらの下野縣氏との関係を確かめたいので万難を排して矢矧祭に行くことにした。

矢矧祭は10時から始まる。小笠神社までは単に走るのみなら3時間もあれば何とかなるので日帰りも可能だが、ついでなら掛川城にも行きたいし、高天神城も以前攻略したものの武田氏により拡張された西峰のみで、今川・徳川時代の東峰は旧態依然とした縄張りであるとの理由で省略したこともあり、ここにも行きたい。
したがって、11月2日から3日までの1泊2日としよう。
てな訳で、11月2日は午前中までに当面の仕事にけりをつけて昼前に出発したのだが、結果これが仇になった。

用賀ICから東名道に入り高速は面白くないわいと例の如く愚痴を言いつつ淡々と走り、掛川ICで降り高天神城には15時過ぎに着いたのだが、城址に入ると木々が生い茂り、ただでさえ日が傾いている状態に拍車をかけている。カメラのシャッタースピードも1/40秒以下がほとんどで、目いっぱい絞りを開けても1/5秒という場所もある始末。やはり朝一で出かけるべきだった。
東峰から西峰と城址を一巡して駐車場に戻ったら既に薄暗くなっている。夜間走行は嫌なので早くホテルに入ろう。

明日は掛川城を攻略してから小笠神社だ。

11月2日の走行距離 255.9km

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2010年10月17日 (日)

久々の佐久

やっと秋らしくなった。
速度計のトラブルはケーブルの破断で、ケーブルの交換だけで済んだ。
単車のエンジン不調も解決はしていないものの、対症療法で何とかなる目途もたったので、テスト抜きのツーリング兼ブツ採集に出かけよう。

辿るは佐久経由のお決まりのコースだが、いつもは中央道の須玉ICで降りて国道141号線に直接入るところを、今回は長坂ICで降りて山梨県道28号北杜八ヶ岳公園線を北上するコースにした。結局は清里で国道141号線と合流するのだが。

野辺山を越え、海の口で小海線を越えたところで最初のブツを採集。このブツは以前小海線の車窓から見つけていたものの、なかなか佐久方面に足を延ばす機会がなく採集が延び延びになっていたもの。

お次は佐久市に入り国道141号線が旧道と臼田バイパスに分岐する(逆から見れば合流だが)界隈にあったブツを採集。これで今日の採集目的は終了。後はのんびり帰ろう。

しかし、国道141号線旧道から長野県道144号本町中込停車場線に入り小海線の踏切を超すとブツがある。ここは十数回走っているはずだが、今まで発見できていない。最近できたものだろうかと、思案を巡らしつつ採集。

普段なら、この後は内山峠を越えて下仁田ICから上信越道に入って、となるのだが、下仁田IC直前で関越道が本庄児玉ICから嵐山小川ICまで渋滞しているとの表示が。であれば、国道254号線で花園ICまで行くべぇ、とトコトコ走り出したら吉井界隈で原爆タイプ高所ドアを採集できた。

その後は淡々と走り、花園ICから関越道に入り無事帰宅。
しかし、気温が生暖かくても17時を過ぎると暗くなる。視力が低下したせいか満足に見張りが効かない。やはり夜間走行はダメだ。

本日の走行距離 366.0km

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2010年10月11日 (月)

再び、坤六峠へ

今年(2010年)5月に坤六峠を走った際に発見したブツを採集しようと、またしてもテストを兼ねて久々に坤六峠へ。
多少気温は高いが、ほぼ快晴で秋らしい青空が広がっている。関越道も渋滞がない。気分は非常に良い。

例の如く沼田ICで関越道を降り、国道401号線と群馬県道63号水上片品線との分岐点までは若干エンジンが重い感じがする以外は淡々と走ることができた。

群馬県道63号水上片品線界隈は紅葉にはまだ早いものの、秋の訪れを知らしめているように木々の梢は既に色をなしている。10月末には本格的な紅葉になるのだろうが、この時期には車だらけで趣もへったくれもなくなるだろうな。

坤六峠を越えた時点で、エンジンは問題なく動いている。これで、これまでのトラブルが夏場に標高1000m級以上の急勾配の登り坂という条件で発生することが確定した(坤六峠は1620mで急勾配の登り坂)。

みなかみ町のブツはなぜかロスト。痕跡もない。替わりに新たな高所ドアを発見したが。

その後、沼田の市街地に入る直前で速度計が破損。針が全く動いていない。速度計は必須のパーツではない(車検はさておき)が、これがなくてはメンテナンスの目安がわからなくなる。実は、速度計は10年程前にギアボックスが粉砕して一時期使えなくなったことがある。またやってしまった。最近はいろんなとこがよく壊れるわい。

沼田の市街地で発見したブツもなくなっている。これまた替わりのブツを発見し、結局目的を達成したようなしてないような・・・・・

単車はまた入院した。

本日の走行距離 速度計破損につき不明(概ね400km)

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