FZR400RRSP

2009年11月 8日 (日)

再度信州中野

11月というのに天気予報では信州中野の予想最高気温は 19℃(実際には 16℃だったようだが)。以前スルーした高梨氏館鴨ヶ嶽城を攻略するには今日しかない、と意気込み信州中野へ出発。

実は、11月早々にオイル交換をしてしまいたかったのだが、まだ 400km程距離が足りない。そもそも拘る必要もないのだが、これまでこのリズム( 3,000km毎のオイル交換)で通しているので、今更このリズムを崩したくない。
信州中野まで往復したら概ね 480kmと見積もっているので、若干足が出るがちょうどよい走行距離となる。

関越から信越道というコースをとるが、今日は何故か渋滞もなく非常に快適に走れた。
難なく中野市内に入り、高梨氏館の脇を通りまずは鴨ヶ嶽城へ。久しぶりの比高差約 250m(山腹の駐車場から)の山城であるが、かなり急峻な山なので普段以上に足が疲れたが。
その後、高梨氏館に立ち寄り、往路をそのまま引き返したのだが、途中で高所ドア原爆タイプを立て続けに採集。もうないだろうと思った矢先にまた原爆タイプが現れたのでこれも採集。

この時点で 16時を過ぎており、さすがに寒くなってきた。佐久を過ぎた辺りで周囲は漆黒の闇に包まれ、苦手な夜間走行へ突入。夜って目測が狂うしライトがぼやけて花火みたいに映るしとろくな状態じゃないからできるだけ走りたくないのだが、朝が遅かったので仕方がない。

で、横川を過ぎたところでいきなり渋滞が始まる。原因は藤岡IC近くでの事故。やっとの思いで関越に入ったら花園IC手前でまたしても渋滞。これは自然渋滞だっが、次が嵐山小川IC手前で対向車線の事故の見物渋滞。人の迷惑考えずに事故を見物するためにスピードを緩めるバカがいるんだよな。しかも結構大勢のバカが。

最後の最後で気分のいいツーリングを台無しにしてくれたよ。

本日の走行距離 492.4km

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2009年10月31日 (土)

雁坂峠

あと 680km程でオイル交換のタイミングとなる。この 680kmという距離はただ単に走るだけなら問題はないのだが、ついでにあれを観ようここに寄ろうと考え出すと時間的にかなり厳しくなる。
であれば、今日と明日に 2回に分けて走ろうか、ということになり、今日はその初日として雁坂峠を目指す。

実は、雁坂峠は 10年ぶり。前回と同じく関越の花園ICで降りて秩父経由で、と考え関越に入るが、所沢ICを過ぎてから花園ICまで渋滞渋滞渋滞!

早く高速道路の割引をやめてくれ!

そもそも、この割引分は財政投融資特別会計の運用益積立金から捻出されているが、この部分は本来国債の償還に充当するものである。したがって、割引に使っちまった分は税金で補填するしかない。結局のところ、税金で割引をしていることと同じになる。高速道路を使わない、あるいは車も単車も持っていない人の税金を使って、自動車産業を何が何でも維持しようという時代遅れの発想は政策でも何でもなく、狂気にすぎない。
そんなエセ政策に乗っかって、何も考えず割引をヘラヘラ享受している愚か者が多いのも事実。

まぁ、花園ICを降りてからは全て順調だったので、これ以上愚痴は言わないことにするが。

暖かな日差しのなか、雁坂峠を降り、塩山から勝沼に抜け笹子峠の旧道を経て大月ICから中央道に入ったが、時間が若干早かったせいかお約束の渋滞もなく、帰路はかなり気分よく走れた。

本日の走行距離 285.4km

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2009年10月17日 (土)

八ツ場ダム雑感

何故か最近話題(?)の八ツ場ダム建設予定地に行きたくなった。

基本的に、社会経済的に必要なインフラは積極的に整備すべきである、とのスタンスであるが、何十年前(八ツ場ダムの場合は最初の計画発表が 1952年であり、現在の地点にダム建設を決定したのが 1967年)の計画を十分な見直しもせずに[計画にあるから][着工したから]などと言って建設工事を進めるのは単なる屁理屈にすぎない。
本当に将来にわたり水が不足しているのか?
建設ありきで恣意的なデータだけで将来予測をしていないか?

さて、直接八ツ場ダム建設予定地に赴いても中途半端なので、信州中野から志賀高原を経由して、いわば帰り道に八ツ場ダム建設予定地に寄るという変則的な行程にした。
その甲斐あってか、中野市内で高所ドア原爆タイプを採集できたが、志賀高原を経て渋峠を越えてから濃霧に遭遇。視界が 20mに満たない個所もあり、おっかなびっくり走ってしまったな。しかも気温が 10℃まで下がり比較的厚着だったがそれでも寒かった。

しかる後、八ツ場ダム建設予定地に着いたものの、雨が降ってきてしまい十分見て回ることができなかったが、以前の記憶が急に蘇ってくる。
このダムに引っかかっていたのはこの記憶かもしれない。

この地域は武田信玄が西上野攻略を進めた際の兵站線であり、対する西上野の長野氏も信州小県につながる地域として重要視していたらしく、いくつかの城郭を配下に置いている。
武田信玄の西上野攻略後は真田氏の領地となり、真田氏は岩櫃城を整備して領地経営を進めるのであるが、岩櫃城をはじめとするいくつかの城郭はダム下流に位置しているし、さすがに山城は水没することはない。
八ツ場ダムによりかなりの面積が水没することになるが、地域の水没(損失)は今後の地方史の研究を進めるうえで重大な損失になりかねない。たとえ城郭が点として残されたとしても、史跡は面としてとらえないと何故この位置に城郭を築いたのか等が不明のままになってしまう場合がある。
実際、栃木県西方町にある西方城と赤壁城は間に真名子カントリー倶楽部ができたおかげで地形が変わってしまい、両城の関係が十分解明されないままになってしまっているという例もある。

八ツ場ダムの場合も同じような結果になることも予想され、この地域を研究している研究者の意見も聞いてみたいものだ。

また、情緒的だが

 真田氏が行き来した歴史街道が水没する

と言えばなかなかインパクトがあるかもしれない。

本日の走行距離 480.9km

渋峠まではよかったが峠を越えるとこの有様
R292 R292_2

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2009年9月27日 (日)

笠間城まで行ってきた

思えば笠間は 17年前に陶器を買い出しに行って以来全く訪れていない。
そもそも茨城方面はそんなに遠距離ではなく、むしろ長野方面より距離的には近いのだが、ツーリングは栃木から長野という北~西方面に集中しており、たまに神奈川・静岡にかけての南方面となる(静岡は神奈川の延長として)。したがって千葉・茨城(旧下総地域を除く)という東方面はこの数年全く赴いていない。つまり、日常的な行動範囲は天正10(1582)年以降の北條氏と徳川氏の版図とほぼ一致することになるが。

笠間城には大石内蔵助の銅像がある。これは浅野家が下野国真岡藩(1601~1611年)、常陸国真壁藩(1611~1622年)、常陸国笠間藩(1622~1645年)、播磨国赤穂藩(1645~1701年)と所領替を繰り返し、一時期笠間藩主だったことに起因するが、大石内蔵助は万治2(1659)年生まれであることから笠間とは直接関係がなく、こじつけに近い印象がする。
そういえば、真壁城の縄張りと赤穂城の縄張りは基本的なところでかなり類似している。浅野家にとっては、藩祖浅野長政の菩提寺がある真壁こそが原風景だったのかもしれない。

さて、まだ時間がある。益子経由で宇都宮に出て、餃子を食してから帰りませう。

本日の走行距離 345.7km

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2009年9月24日 (木)

特に目的もなく適当に

9月に入ってから休日が仕事で 4日潰れている。もっとも、さすがに休日返上フル稼働は精神的にも良くないので既に代休扱いにして平日に 2日休んでいるが。
それでも計算上は後 2日残っているわけで、今日はその 1日を使って目的もなく適当に、FZRを購入した当初は普通であった気の向くままのツーリングをしよう。

大雑把に

 東京~岩井~結城~足利~太田~東京

を考えていたが、結城に着いた時点で気が変わって

 結城~笠間~水戸~東京

にしたものの、R50が大型車が多く快走することができないので、途中で脇道(茨城県道・栃木県道45号つくば真岡線:走っている時には分からなかった)に入り込み

 結城~??

となる。

この県道は快走することができたので、気分がいいから適当に北を目指す。
途中、桜町陣屋に遭遇したが、陣屋ね。中世城郭専門をもっぱらとする身にとっては陣屋は対象外かな。でも近世城郭にも結構行っているし、五稜郭もスコアとしてカウントしているしな、などとくだらない逡巡をしながら、何故か今日は人が多いからまたの機会にしようと簡単に見学しただけで終了。

真岡駅に行く途中でブツを採集し、後は

 真岡~結城~佐野~東京

かと考えながら走っていたら佐野の界隈でまた気が変わり最終的は

 東京~岩井~結城~真岡~小山~足利~熊谷~東京

で帰宅。

天気も良かったし楽しい 1日だったな。

本日の走行距離 306.8km

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2009年8月29日 (土)

トマソンツアー:みなかみ雪辱編

単車は退院した。不調の直接原因はかぶりなのだが、何故かぶったかがどう考えても分からず、ひょっとしたらチョークが完全に戻りきっていない(どこかでつっかかっている)のが原因ではなかろうかと考えたものの、チョーク周りに問題はなく結局原因が分からない。

みなかみ編は途中で引き返してしまったことと、同じ環境でトラブルが再現するか確認したいこともあって、再度沼田ICから県道64号線に入り問題の峠に向かったところ、やはり途中で調子がおかしくなった。
ここで下手に回転数を下げたらまたかぶるかもしれないと確認(?)できたので、今回は慎重に走り事なきを得た。しかし、この峠は以前はかなりのところまでトップで登れたはずなのに今日はどうして 5速なのかと納得できないが。

これなら坤六峠もなんとかなるだろうと挑んでみると、まぁなんとかなったけど結構きつかったな。こりゃキャブレタを点検したほうがいいか・・・・・

で、今回の目的の一つであるブツは結局見間違いだったらしく見つけることができなかった。代わりにブツを見かけた界隈の小学校で新たなブツを見つけ、沼田駅の界隈でもブツを見つけたので結果良しとしよう。

まだ時間かるので赤城山に向かいここでも単車の調子を確認したが、やはり本調子じゃない。暫く様子を見よう。

本日の走行距離 432.1km

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2009年8月23日 (日)

トマソンツアー:由比・蒲原編

由比から蒲原の間は 2年前に立ち寄った際にブツを多数発見したが、撮った写真の約半分がピンボケで使い物にならなかったのでいつか再度採集しようと企んでいた。
今は NIKON COOLPIX P6000 を使っている。しかし、この時はまだ ORINPAS μ810 だったために、多少ゴチャゴチャした被写体や簿微なアングルだとどこにもピントが合わなくなるというデリケートというか使いもんにならんというか、おかげでどれだけ採集に失敗したことか。

単に東京と由比を往復してもつまらないので、山梨から国道52号線で南下することにする。途中、山梨県内でヒサシ高所ドアを採集しつつ静岡県に入り由比へ。

まずは、2年前にしくじった無用窓を採集。次に 2年前に撮り損ねた原爆タイプを採集。この後、立て続けに新規のブツ(原爆タイプ原爆タイプ原爆タイプ)を 3個採集し、最後に東海道蒲原宿でこれまた 2年前にしくじった原爆タイプを採集。

用は済んだので東名高速に乗るも 25kmの渋滞。
これもね、むしろ輸送に関しては割引し、単なる観光目的の利用は割増しにすべきだ。割引がなければ高速を使えないような輩は車を使うべきではない。しかも、こいつらがエコエコと言っているのであれば発狂しているとしか言いようがない。もっと自分の行動と環境への影響を真剣に考えるべきだ。
ちなみに、揮発油税が倍になろうが高速料金が倍になろうが俺は走るけどね。

単車の不調は消去法でおそらくチョーク関連が原因かと考えるに至った。行きつけのバイク屋に症状を告げチョーク周りを調べてもらうために単車は当分入院決定。

本日の走行距離 367.2km

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2009年8月22日 (土)

トマソンツアー:みなかみ編

坤六峠から洞元湖・藤原湖の間は様々な滝が連続しているが、特に新緑の時期は梢から漏れる陽光と新緑の緑が水面に映えて絶妙な世界を創りだしている。
以前、滝巡りと称してこのルートを徘徊した際に、藤原湖から水上駅に至る途中にブツらしきものがあったことを思い出し、今日はそのブツを採集しようと出かけたのであるが・・・・・

実は、当初の計画では今日は岐阜に向かっているはずだった。しかし、昨晩の天気予報で美濃地方の天気が雨となっていたので、しかたなく宿をキャンセルして寝てしまったのだが、今朝起きて天気予報を見ると美濃地方も含め広域で晴れるとのこと。またしても天気予報にやられた。ふてくされていてもろくな事ないので、以前見かけたブツを探しに行くことにした次第。

関越道は自然渋滞と事故渋滞(というか見物渋滞!)で閉口したが、沼田ICを降りてから立て続けにブツを 3個(ヒサシ高所ドア高所ドア)採集できたので幸先よいと思いきや、峠に向かい勾配がきつくなるにつれエンジンが次第に不調になり、しまいには点火しなくなった。

原因不明。今までこんな現象はない。退却するしかないではないか。
まぁ、想定外のブツを採集できたのでよしとするか。

本日の走行距離 324.4km

追記:高速道路に関する割引や無料化の政策・マニフェスト、あるいは[エコカー]購入に対する助成制度は、つまるところ旧態依然とした自動車産業に対してモルヒネを投与するようなもの。根本的な治療をせずに痛みだけを和らげるようなことを繰り返していたら死に至るのは明らかで、こんな馬鹿げた政策に踊らされているようではこの国の未来はない。まだ体力が多少でも残されている今のうちに、20世紀型の大量消費を前提とする経済から脱却しなければならない。
そもそも、高速料金を割引・無料化すれば渋滞がそこらじゅうで発生して CO2の排出量が増加するわけだし、割引・無料化の財源を福祉や雇用に回せば売国奴が破壊したこの国のセーフティネットを再構築することも可能だろうに。

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2009年7月20日 (月)

トマソンツアー:伊那編

去年の 8月から今年の 5月までの間、仕事で伊那地方を何度か訪れたのだが、やはり人が生活を営んでいる以上、ここにもトマソンが公然かつひっそりと生息している。伊那市内だけでも 6件発見していたのだが、見つける時に限ってカメラを持っていなかったこともあり、全く収集できないでいた。
ここ数日体調を崩していたが、昨日ようやくほぼ元に戻ったので、3連休に何もしないのは精神衛生上好ましくないとばかりに今日は伊那まで出かけて発見したトマソンを全部採集しよう。

ホントなら伊那ICで下りれば最短なのであるが、天気も良いし多少遠くまで走ったところで高速料金 1,000円だしと結局松川ICまで足を延ばした結果、1時間遅れで伊那に到着。

まずは、何回か宿泊したJR伊那北駅の真前にあるホテルの界隈に生息する高所ドア原爆タイプを採集。次はここから[ローメン発祥の地]に行く途中の飲屋街に生息する原爆タイプを採集。続いて JR伊那市駅の近くにあるホテルに宿泊した夜に発見した原爆タイプと翌朝 JR伊那市駅のホームで電車を待っていた時に遠目に見つけた原爆タイプを採集。ここで、ふと振り返ってみると未発見の原爆タイプが構えている。これも採集。お次は伊那市内から電車で北上する際に車窓越しに見つけた高所ドア、がなかなか見つからない。目星をつけた個所を何回か行ったり来たりしたのだが埒が明かないので、最後の手段としておおよそここだろうと思われる地点で線路に入り込んだらすぐ近くにあったので採集して今日の作業は終了。ローカル線は本数が少なく線路に柵もないからこういう時には助かる。

結局、新規発見の原爆タイプを加え 7件採集。
帰りは小仏峠トンネルを起点に 30kmの渋滞・・・・・
疲れた。

本日の走行距離 519.1km

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2009年6月27日 (土)

純正ツーリング

最近はツーリングと言いつつも単車が交通手段になっていることが多い。
地方の山城はJRや私鉄の駅からバスでなんぼ、しかも停留所から歩いてなんぼの場所にあることが多く、おまけに鉄道・バスが 1時間に 1~ 2本ともはや公共交通の体をなしていない。したがって単車を使った方が至極便利なのだが。

今日は図書館に籠ろうかどうか迷ったが、天気も良いし図書館は明日行けばいいやと久しぶりに走ることのみを目的に金精峠を目指したのだが・・・・・
出だしから妙なノッキングがする。関越道に入ってからの加速が重い。最近いろいろなところがガタガタになりつつあるので点検した方がいいかもしれん。
実は、SPにも関わらず林道走ったり結構無茶している割には燃費は良い方だと思う。ただ、2009年 3月末時点での平均値は21.4km/lなのだが、最近下手すれば19.4km/lまで落ち込んでいる。最近高速を多用しているせいだろうか(経験上高速で一般車と同じスピードで流している時が一番燃費が悪い)。

それでも天気は良く、まさにアウステルリッツの太陽の如く今日のツーリングを祝福してくれているようだ(大袈裟)。

実際、幾度も走っている道でも走る目的が違えば景色も違って見えるもので、図書館などに行かずに走り出したことはやはり正解だった。

結局、沼田から脇道の県道64号線に入り(国道120号線の椎坂峠や吹割の滝界隈の渋滞が避けられるし道自体が快適)金精峠から日光、宇都宮を経てただただ走っただけの楽しい 1日だった。

本日の走行距離 405.5km

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