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2009年6月13日 (土)

小笠神社

国土交通省河川局が作成した菊川水系の河川整備基本方針に関する資料に[菊川水系流域及び河川の概要]があるが、その[第2章 流域及び河川の自然環境][2-3 特徴的な河川景観や文化財等][(3) 菊川流域にまつわる伝統・行事]として小笠神社矢矧祭が紹介されている。小笠神社矢矧祭の説明として

約700年高師直の輩下、県一族(掛川市)が、小笠神社に集まり、再起を確かめ合う密議を行いその警戒の為、弓矢を一統の 6人が当たって作っていたのが始まりで、時代は移り再起の望みも断れ、密議は同族の慰霊祭となった。さらに年月が経ち、小笠神社の祭典と結びつき一般の住民が参加するようになり、現在でも子孫の内の 8人が矢作りを行っている。

とある。

輩下であったかどうかは別にして、南北朝期には縣氏は高氏と深い繋がりがあったことは間違いないと思われる(実際にはアメリカ(高氏)と日本(縣氏)的な同盟関係だったのではないかと考えているが、これはおいおい証明したいな、と)。下野国縣郷の縣氏も高氏と密接な関係にあったようだし。

んぢゃちと行くか、と軽く出かけたものの・・・・
宮司さんは常駐していないんですね。そこら中鍵がかかっていて誰一人いない・・・

系譜を抜きにして、縣氏は永禄年間(1558~1570)に足利に存在したことは確認できるので、下野国の縣氏と小笠神社の伝える縣氏がどのような関係にあるのか興味が尽きない。

まぁ、今日は無駄骨だったが、このあたりはきちんと整理しよう。

本日の走行距離 480.6km

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